こんにちわ!ツリーバライターのイシザキです!
少し前になりますが、久しぶりに編集長に会いました。
我々の普段のコミュニケーションはチャットかメール、もしくはツリーバ上での記事でとっています。顔を合わせて会うということはあまりなく、それゆえかお互いに所在が分からなくなってしまうという現象も。メールを見ると編集長がお酒を奢ってくれるという珍しい内容だったので、待ち合わせ場所へ向かった。
アメ横で落ち合って編集長がよく行くという焼き鳥屋へ。銀座あたりの高級店を期待していたが、まぁいいでしょう。ビールを飲みながら、荒川の恐怖やらについて語り合うという有意義な会である。
本題はここからなんですが、編集長が思い出したかのように黄色い袋を差し出したのです。
編:ん!
イ:これは?
編:そういえば歓迎会もしてなかったし、プレゼント!
イ:えっ、まじっすか~ありがとうございます!開けても?!
編:大丈夫!
重さもさほどないし、包装具合からしてさほど高価なものではなさそうだった。が、プレゼントというのは気持ちである。心がこもっていればプレゼント中身は問題ではない。
イ:・・・・これは、なるほど!めっちゃいいじゃないすか!
編:何かに使えるかと思って!
イ:いいですね~!嬉しいです!ありがとうございます!
編:いえいえ。使い道は任せるよ!
イ:はい!使ってみます!・・・
その後、数時間酒を飲み交わし、久しぶりの編集長との対談はお開き。
帰宅後、改めて編集長からのプレゼントを取り出してみた。
・・・・
いらねぇ~~~~
人からプレゼントをもらった場合、たとえ自分の趣味と違うものだったとしても最大限の歓喜の感情を表す。それが今まで生きてきて学んだ鉄則であり、今回もこの鉄則に従って編集長には感謝の意を伝えた。が、
まじでいらねぇ。
商品名は「ビッグ 醤油さしボトル」
お弁当に入っている昔ながらの醤油さしを大きくしてやろう!という画期的な発想だ。
・・・・
先ほど、心がこもっていればプレゼントの中身は問題ではない、と綺麗事をぬかしたが、声を大にして言いたい。
このプレゼントには心も中身もない。
この商品を否定する気はない。巨大な醤油さしを欲する人はどこかにいるでしょう。しかし、僕にとってはこの上なく使い道のない物であり、これほどプレゼントの処遇に困ったことはかつてない。
だとすれば、このプレゼントに込められた「心」とはなんなのか?お気付きの方もいらっしゃるかもしれないが、それは例のごとく編集長の悪い癖の発露である。
こいつ使ってなんか釣ってこい!
相手が喜びそうなことを必死に考える気持ち・・・それがプレゼントに込めるべき「心」なのである。真冬の東京河川で震えながら、巨大醤油さしボトルで釣りをする部下。こいつを見て楽しもう!・・・そんな「心」がこもったプレゼントがあってたまるか!
編集長のムチャブリ指令発動。
今回受け取った物、要はプレゼントでもなんでもなく、編集長お得意のムチャぶりのための物資を受け取った、というのが真実。
しかし、どうやってこいつで魚を釣ろうか・・・・
今必死に考えているところです。
プレゼントを受け取らない勇気。
今まで考えもしなかったが、そういう視点があってもいいのかも・・・
No Tsuri-ba! No Life!