どうもこんにちは!ツリーバ編集長のヒビヤです。

以前記事の中で恐怖の赤水門こと岩淵水門から下流の荒川は人口河川であると言う話を書いた事があるのだが、荒川が開削されるはるか昔、東京は皇居前広場あたりまでが海だったのだ。

にわかには信じがたい事であるが、歴史的背景のもと江戸時代初期より埋め立て工事が始まり、ついには今の形になったのである。詳しい背景は調べていただくとして、何かのドラマのようにもし江戸時代にタイムスリップし、その時代で暮らすことになったとしたら、さぞかし楽しい釣りができそうな気がするではないか。

その頃の江戸の海で釣りをする事に思いを馳せただけで情景が目に浮かぶようである。

どこまでも遠浅の海と干潟、沖には漁をする木製の和船。ハゼにシロギス、きっと大きなメバルなんかもいたのではなかろうか。当時の道具でどこまで耐えられるのかわからないが、時にはフッコ、スズキも釣れたのかもしれない。

日本における釣りの歴史は古く、それこそ石器時代からあり、趣味としての釣りは江戸時代前期頃にはあったようだ。

江戸時代の旗本。陸奥弘前藩分家・黒石領4,000石の3代当主の津軽 政兕(つがる まさたけ)と言うお方は釣りの指南書まで執筆してしまうほどの釣り好きだったそう。

指南書「何羨録(かせんろく)」の序文にはこう書かれている(意訳)。

釣り人の楽しみはやはり“釣果”に尽きるだろう。
社会的名誉は重要ではない。いま、自分の世界はこの釣り船の中が全てであり、完結している。
だが生きていくとそれだけで、どうしてもなにかと煩わしい。難しいもので。
だから自分は時々、そんなことは忘れることにしている。
つまり
仁(この場合は慈悲や憐憫)の心を持つ者は心静かであることを楽しみ、
智恵のある者は水に楽しむ(釣り)のだ。
これほどの楽しみがあるだろうか。

何百年と経ち技術が進歩し、世の中が移ろい変わろうとも釣り人の気持ちは変わらないと言う事だ。

指南書の内容は下記の構成となっている。これも今とほとんど変わらない。

上巻:釣り場所編(主に江戸周辺の鉄砲洲~芝周辺や、中川周辺のキス釣り場、袖ヶ浦の根など釣り名所ポイントについて詳細に。および青キスと白キスの生息など、釣り対象魚について)

中巻:釣り道具編(各種道具の優劣について、個人的趣味とウンチク)

下巻:天候編(富士の後ろを雲去りゆくと必ず暴風なり、等当時の天候予測知識や、采女マメ情報など)

この指南書がかかれたのは1723年頃なので、さらに埋め立てが進んでいる状態ではあるが、現在と1800年代終盤の地図が比較できるので、是非見てほしい。

今昔マップ

いやぁ、楽しそうですなぁ~

ちなみに、埋め立てられてしまった日比谷入り江の日比谷(地名)とワタシの日比谷は関連があるそうだ。

それでは今日も、遥か昔に思いを馳せて、No Tsuri-ba! No Life!

https://tsuri-ba.net/wp-content/uploads/2016/12/IMG_1964.jpghttps://tsuri-ba.net/wp-content/uploads/2016/12/IMG_1964-150x150.jpgtsuri-ba釣りTALK埋め立て,東京湾,江戸時代,釣り指南書どうもこんにちは!ツリーバ編集長のヒビヤです。 以前記事の中で恐怖の赤水門こと岩淵水門から下流の荒川は人口河川であると言う話を書いた事があるのだが、荒川が開削されるはるか昔、東京は皇居前広場あたりまでが海だったのだ。 にわかには信じがたい事であるが、歴史的背景のもと江戸時代初期より埋め立て工事が始まり、ついには今の形になったのである。詳しい背景は調べていただくとして、何かのドラマのようにもし江戸時代にタイムスリップし、その時代で暮らすことになったとしたら、さぞかし楽しい釣りができそうな気がするではないか。 その頃の江戸の海で釣りをする事に思いを馳せただけで情景が目に浮かぶようである。 どこまでも遠浅の海と干潟、沖には漁をする木製の和船。ハゼにシロギス、きっと大きなメバルなんかもいたのではなかろうか。当時の道具でどこまで耐えられるのかわからないが、時にはフッコ、スズキも釣れたのかもしれない。 日本における釣りの歴史は古く、それこそ石器時代からあり、趣味としての釣りは江戸時代前期頃にはあったようだ。 江戸時代の旗本。陸奥弘前藩分家・黒石領4,000石の3代当主の津軽 政兕(つがる まさたけ)と言うお方は釣りの指南書まで執筆してしまうほどの釣り好きだったそう。 指南書「何羨録(かせんろく)」の序文にはこう書かれている(意訳)。 釣り人の楽しみはやはり“釣果”に尽きるだろう。 社会的名誉は重要ではない。いま、自分の世界はこの釣り船の中が全てであり、完結している。 だが生きていくとそれだけで、どうしてもなにかと煩わしい。難しいもので。 だから自分は時々、そんなことは忘れることにしている。 つまり 仁(この場合は慈悲や憐憫)の心を持つ者は心静かであることを楽しみ、 智恵のある者は水に楽しむ(釣り)のだ。 これほどの楽しみがあるだろうか。 何百年と経ち技術が進歩し、世の中が移ろい変わろうとも釣り人の気持ちは変わらないと言う事だ。 指南書の内容は下記の構成となっている。これも今とほとんど変わらない。 上巻:釣り場所編(主に江戸周辺の鉄砲洲~芝周辺や、中川周辺のキス釣り場、袖ヶ浦の根など釣り名所ポイントについて詳細に。および青キスと白キスの生息など、釣り対象魚について) 中巻:釣り道具編(各種道具の優劣について、個人的趣味とウンチク) 下巻:天候編(富士の後ろを雲去りゆくと必ず暴風なり、等当時の天候予測知識や、采女マメ情報など) この指南書がかかれたのは1723年頃なので、さらに埋め立てが進んでいる状態ではあるが、現在と1800年代終盤の地図が比較できるので、是非見てほしい。 今昔マップ いやぁ、楽しそうですなぁ~ ちなみに、埋め立てられてしまった日比谷入り江の日比谷(地名)とワタシの日比谷は関連があるそうだ。 それでは今日も、遥か昔に思いを馳せて、No Tsuri-ba! No Life!手は震え、動悸も止まらない釣りWebフリーマガジン